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「冬のデナリ」

 
 一昨日、「デナリのご縁」をUPし、
 去年のmixiの日記を引っ張ってきました。

 「冬のデナリ」は
 高3時の担任、西前四郎先生が執筆されました。
 
 1967年
 アラスカのデナリ峰(マッケンレー)冬季初登頂の記録。
 6000M、零下50℃、風速50M、日照時間7時間。
 未知の領域に挑んだ8人の物語。~そしてその後。

 壮絶で想像の域を超え感想など述べられません・・・

 3日目に1人が死亡。
 登頂に成功した3人はブリザードに襲われ
 一週間雪穴で過ごし生還します。
 希望、奇跡ではなく生き延びる「可能性」を見つけ出して。
 3人の生還を絶望視した4人の苦悩。
 
 「人の記憶の中にある感情の澱。」
 執筆はその澱を辿っていく作業で辛かったことも
 あったことと思います。

 先生は本の執筆を終え、発行を待たず、
 デナリメンバー皆で集まろうかと話をしている矢先、
 登頂30周年記念の5ヶ月前に亡くなられました。
 

 


 高3の役員を決める時、先生から「体育委員」にと
 推薦されました。
 クラスに元気がないので隣のクラスになっていた
 私をトレードした。盛り立ててくれなければ意味がない。   
 とのことでした。
 というわけで、まんまと乗せられてわけですが・・・
 文化祭には琵琶湖を泳いで横断したり。
 (留守番の私は先生んちで昼寝してましたが。)
 体育祭の応援の部で優勝。バッテリー切れで撮影に
 失敗した先生に大ブーイングした生徒一同。
 短大学の推薦に0.5ポイント足りなくて英語の内申を
 おまけしてもらったこと。
 卒業クラス文集製作中には、すれ違いで思うように進まず、
 先生に怒ってばかりだったこと。
 高校の創立45周年、1995年に「会えますか?」と
 手紙を書いたことなどを思い出していました。
 私にとって印象的で、先生も忘れられない生徒の一人
 なのではないかと勝手に思っていたのですが、
 とんでもない思い込みだったと恥ずかしくなりました。
 
 お酒など飲みたかったな~と今更悔やまれますが、
 20代前半の私は自分のことで精一杯でそれなりにたいへんな
 日々だったのです。
 落ち着いて同窓会に参加できる気分になった時に
 先生に連絡したものの会えないまま。
 


 私の中で繰り返すであろう文中の言葉。

 「望みをかけることはしないんだ。可能性を計算するのさ。
 自分がルートをきりひらく力を、どのくらいもっているか
 試していくってわけ」
 「結果から逆算するな」
 結果がどうなるか、思いわずらうのは、後でいい。

 
 過去の澱を取り払ったであろう友人の言葉で締めくくられています。

       「面白かったじゃないか」

 

 ・・・読んでみてください。 
 
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by leosol | 2011-04-05 07:49 | 日々